“ぶあいそう”、、、と聞けば、僕をを知っている人なら、「あぁ、Fukunosuke
自身のことね」って思うでしょうが、今日は違います。白洲夫妻が暮らした、
武相荘です。
かつて、白洲次郎さんは、「戦争に負けるであろう日本、その後は食糧難
必定。自給自足の道を開くため、農業を始めるべし」と言い放ち、この地に
あった農家を買って移住した、ということだそうですが、、、
今や、周囲は完全なニュータウン。ここが里山の田舎だった面影なんて、
露ほどもありません(この看板の横なんて、ユニクロですよ)。

それでも、屋敷の前まで来ると、途端に空気が
変わります。長屋門から、母屋を望む。

今は、夏の室礼のようです。建物内撮影不可なので、写真は撮れません
でしたが、団扇や浴衣、夏向きのガラス皿などが展示してありました。

母屋。大きな平屋のお家です。

(母屋のアップ)この中にも入れます。

農機具。芝刈り機等の洒落た機械も残されています。

僕、大変に驚いてしまったのですが、敷地全体の配置や母屋の作りが、
母方の田舎(茨城)の家と、何から何までよく似ているのです。
本当に、同じ大工が建てたのかと思うくらい。関東の農家は、どこでも
こういうつくりだったんでしょうか???
かと思うと、白洲夫妻の生活のディテールが、
そこここに。

次郎さんは工作好きとみえて、ライトスタンドやテーブルなど、
手作りのいろんな物が残されています。でも、なかなか微妙な
仕上がりのものもある。趣味とセンスの達人である正子夫人は、
次々出来上がる次郎作品を見て何を思っていたんでしょうね。
でもきっと、「作っては悦に入る次郎さんと、それを鷹揚に見守る
正子夫人」という構図があったんでしょうねー。何となく、二人の
関係が偲ばれます。ウチも似たようなもんだし。
(↑ 失礼! そりゃあ偉そうだ。何様のつもりよ!)
母屋の庭先には、たいそうな竹林。

奥の裏山のような所。軽井沢を彷彿とさせます。



「庭園」というように、造られた、手を入れられた感じではないのですが、
目を凝らすと、石仏や獅子像が所どころ潜んでいたり、余計な下草は
刈られていたり。
生前からこういう庭だったのかどうかはわかりませんが、“無作為の作為”
とでも言うような庭です。
廃屋だった農家を買い取って手直ししたとのことですが、どうすれば
こんなに洒落た住まい方ができるんでしょうか。


やっぱり、おばあちゃんの家とは、全然違うなぁ。
次郎さん、ジェームスディーンみたい。カキ氷の機械は、
実際に次郎さんが使っていたものだそうです。

『男が憧れる男と、女が憧れる女』世紀のカップル、
白洲次郎・正子夫妻が暮らした家、武相荘。
行く前は、なんと無しに、ストイックでヒリッとした
雰囲気のお屋敷かな、なんてイメージしていたの
ですが、意外にも、僕にとっては田舎のお家を
思い出す、ほっと懐かしい場所でした。